建築から、アートへ。Natalie Fisherが見るイスラム装飾の世界

建築から、アートへ。Natalie Fisherが見るイスラム装飾の世界

サマルカンドの青い建築について調べていたとき、一人の作家の作品に出会いました。
オーストラリア・シドニーを拠点に活動する、Natalie Fisher(ナタリー・フィッシャー)さんです。
Natalieさんは、イスラムの装飾タイルや建築から着想を得て、ニードルポイント作品を制作しています。その着想源には、モロッコ、ウズベキスタン、UAE、トルコ、インドなど、さまざまな土地の建築や装飾があります。
建築の壁を覆うタイルや模様を、糸を使った別の表現へと翻訳する。
そのとき、何を見て、何を残すのでしょうか。
また、異なる土地の文化から生まれた装飾を自身のアートとして表現するとき、その背景にある文化への敬意を、どのように保っているのでしょうか。
今回、Natalieさん本人にメールで話を聞きました。 

[制作風景]



すべては、モロッコのゼリージュから


Natalieさんがイスラム建築や装飾に強く惹かれるようになったきっかけは、初めて訪れたモロッコでした。

そこで出会ったのが、zellige(ゼリージュ)と呼ばれる装飾タイルです。

壁や床、テーブルの天板。モスクやマドラサのような建物から住宅空間まで、さまざまな場所を彩るタイルに心を奪われました。

Natalieさんは、そのときのことをこう振り返ります。

「全部、家に持ち帰りたいと思ったんです。眺めていたい、研究したい、一緒に暮らしたいと思いました。」

まずあったのは、目の前の色や模様をもっと見たい、もっと知りたいという強い好奇心だったようです。

そしてモロッコでのこの出会いを入口に、Natalieさんの関心は、さまざまな土地の建築や装飾へと広がっていきました。



土地が変われば、色も模様も変わる


Natalieさんが各地の建築を見る中で興味深いと感じていることの一つが、地域による装飾の違いです。

彼女の目には、モロッコのタイル装飾は、直線、正方形、三角形などが組み合わされた、とても幾何学的なものとして映ります。

一方、ウズベキスタンでは、青やターコイズとともに、植物や庭園、花を思わせる、より流れるような模様が印象に残ったといいます。

Natalieさんは、こうしたウズベキスタンの建築や装飾には、ペルシャ/イランの建築・装飾からの強い影響があることも重要だと話します。

トルコのイズニック・タイルについては、花をモチーフとした装飾に、赤、ターコイズ、白などが現れることに目を向けます。

こうした違いは、Natalieさん自身が建築や装飾を見て感じてきたものです。

Natalieさんの話からは、「イスラムの装飾」とひとまとめに見えていたものも、よく見れば、土地によって色も模様も表現も異なることが見えてきます。

 


忘れられない場所、シャーヒ・ズィンダ


なかでもNatalieさんの心に特に強く残っている場所があります。

ウズベキスタン、サマルカンドのシャーヒ・ズィンダ廟群です。

ターコイズ、青、緑、白のタイル。そして、その間に見える煉瓦の色。

色と模様に囲まれながら歩いた体験を、Natalieさんは「mesmerising(魅了されるような)」ものだったと振り返ります。

そしてシャーヒ・ズィンダは、その後の多くのニードルポイント作品にも影響を与えてきました。


[シャーヒ・ズィンダの写真]

 

サマルカンドについて調べていた私自身にとっても、この場所がNatalieさんの制作の中で特別な位置を占めていることは、とても興味深いものでした。

同じ建築を見ても、「青い建築」として見る人もいれば、一枚のタイルを見る人もいる。

模様同士のつながりを見る人もいれば、タイルと煉瓦の境界に目を留める人もいる。

では、Natalieさんは建築の何を見ているのでしょうか。



建築の「どこ」を見るのか


Natalieさんは、まずファサード全体のパターンを見るといいます。

模様はどのように配置されているのか。

全体を結びつけている装飾的な縁取りはあるのか。

そのデザインは、どこまでも続いていくように構成されているのか。

中心となるモチーフはあるのか。

そして全体を見たあと、今度は細部へと目を移していきます。

一枚一枚のタイルだけではありません。

Natalieさんは、タイル同士をつないでいるモルタルまで興味深く見ることがあるそうです。

 

作品にしたいと思ったデザインは、ほぼ必ず写真に収めます。

スタジオへ戻ると、その写真を拡大し、トリミングしていく。

細かなディテールを多く残すのか。
それとも、一つの強いモチーフを中心にするのか。

建築全体を小さく再現するのではなく、その中から作品にする部分を選び取っていきます。

ここで起きているのは、単なる「模様のコピー」ではありません。

まず建築を見て、模様がどのように構成されているのかを見極め、どこを残すのかを選ぶ。

 

Natalieさんの作品づくりは、そうした観察と選択から始まっています。

 

[奥:シャーヒ・ズィンダの装飾/手前:そこから着想を得たニードルポイント作品]

 


変えないことと、手仕事の中で生まれる変化


Natalieさんは、元になったデザインを意図的に作り変えることには慎重です。

「元のデザインに忠実なかたちで移し替えるようにしています。意図的にデザインを変えることは、ほとんどありません。変える必要がないからです。」

そこには、すでに存在しているデザインを尊重し、敬意を払うという考え方があります。

一方で、ニードルポイントになった瞬間、元のタイルとまったく同じものになるわけではありません。

硬い陶器のタイルから、柔らかな糸へ。

Natalieさんは自身で撮影した写真から主要なモチーフを選び、輪郭をキャンバスへ移したあと、図案表を使わず、フリースタイルで刺し進めていきます。

素材が変われば、質感も変わる。

その制作過程では、個々の表現や変化も加わります。

つまり、

元のデザインを変えようとはしない。けれど、別の素材へ移し替える以上、そこには自然な変化が生まれる。

ということなのだと思います。

元のデザインを尊重することと、自分の手でつくること。

その二つの間に、Natalieさんの作品があります。

そして彼女にとって、元のデザインにできるだけ忠実であろうとすることは、そのデザインが生まれた文化的背景への敬意にもつながっています。

Natalieさんは、こうも話しています。

「文化的背景への敬意は、刺すときにできるだけ元のものに忠実であろうとすることで示しています。だから私は、デザインの要素を意図的に変えないのです。」



長い時間、建築と一緒に暮らす


ニードルポイントは、時間のかかる表現です。

Natalieさんの作品には、完成まで数週間、あるいは数か月かかるものもあります。

その時間について尋ねたとき、印象に残る言葉がありました。

「ある意味では、長い時間、その建築と一緒に暮らしているようなものです。」

同じ模様と何週間も向き合い、一針ずつ刺していく。

そうしているうちに、模様を構成する要素がどのようにつながっているのかを、より深く理解できるようになるといいます。

さらに、刺している間には、その建築について調べ、学ぶことも続けています。

Natalieさんにとってニードルポイントは、すでに知っている建築を作品として再現するためだけのものではありません。

建築を表現する方法であると同時に、建築を理解する方法にもなっている。

時間をかけて一つの模様と向き合うことが、その土地の視覚文化を知ることにつながっていく。

「長い時間、その建築と一緒に暮らす」という言葉には、Natalieさんの制作の本質がよく表れているように感じます。



文化との出会いが、次の出会いをつくる


モロッコでの出会いから始まったNatalieさんの関心は、やがてさまざまな土地の建築や装飾へと広がっていきました。

Natalieさんの歩みをたどっていると、異なる文化との出会いが、自分自身のものの見方や表現を広げていく様子が見えてきます。

そして、その表現が今度は別の誰かにとって、新しい文化との出会いになる。

今回話を聞いていると、そんな循環が見えてくるように感じました。

モロッコでNatalieさんがゼリージュと出会ったように、彼女の作品がきっかけとなって、それまでイスラム建築に触れる機会のなかった誰かが、その模様や背景にある文化へ興味を持つこともあるかもしれません。



違いの中に、似ているものを見る

最後に、日本の読者に何を感じてほしいかを聞きました。

Natalieさんは、イスラムのデザインと日本のデザインの間にも、自身が共通して感じるものがあるといいます。

抽象性。
パターン。
手仕事。

Natalieさんはさらに、模様や抑制された表現が静けさをもたらすという点にも、共通する精神性を感じているといいます。

Natalieさんは、日本の読者にも、自分たちの文化の中で親しんできたものとの共通点を、彼女の作品の中に探してほしいと話してくれました。

異なる文化に出会うことは、「自分たちとは違うもの」を知ることだけではないのかもしれません。

その違いの中に、自分たちが知っている感覚と響き合うものが見つかることもあります。

誰かが異なる文化と出会い、もっと知りたい、理解したいと思う。
そして、自分の表現を通してそれを次の誰かへと手渡す。

そこには、monbazaが大切にしている「世界との出会い」と重なるものがあるように思います。



Natalie Fisher / Artweave Originals


オーストラリア・シドニーを拠点に活動するニードルポイント作家。

イスラムの装飾タイルや建築から着想を得て作品を制作し、作品はこれまで、ギャラリーのほか、ペルシャ絨毯ギャラリー、モスク、イスラム美術館などでも展示されてきました。

[展示風景]

Living Ornament - Islamic Architecture in Needlepoint
Gallery76, Sydney, 2026


ウズベキスタンの建築とニードルポイントを扱った著書
『Chok: Uzbek Architecture in Needlepoint』 を2025年に刊行。


Artweave Originals
https://www.artweave.com.au/

Instagram
https://www.instagram.com/artweave_originals/


Images courtesy of Natalie Fisher

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